LOG IN

長屋

by 川上 幸生

花の都江戸において庶民が暮らした住まいに長屋があります。

江戸時代江戸の人口の7割が長屋暮らしだったと言われています。

火災が怖い江戸の町において長屋は壊しやすく、建てやすい板葺き、下見板作りでした。

写真 深川江戸資料館

長屋には平家、二階建てなどの様々な種類がありますが、基本となるのは間口9尺(約2.7m)、奥行き二間(3.6m)3坪のものでした。3坪のうちに畳は4畳半、入口が土間で、そこに小さなかまどがあり、家族3〜4人で暮らしていました。トイレは共同トイレが長屋の中に設けられており、ゴミ捨て場もありました。時代劇などでもおなじみですよね。

写真 深川江戸資料館

長屋の中には井戸があり、通路には板を置いた溝が下水として設置されていました。

この時代の江戸の下町地域の井戸は、地下水取水ではなく、玉川上水を起源とする、市中に埋設された上水道の埋設管路(ライフライン)からの取水設備でした。

江戸の下町は太田道灌により海を埋め立てて造成された地域であり、井戸を掘っても海水しか出ないため埋設管路により下町に水を供給し、これを井戸(形状としては掘井戸の形)に接続させ、給水を行っていた。そのため水が桶に溜まるまで多少の時間がかかり、それを待つ間に世間話をしていたため「井戸端会議」という言葉が生まれました。

この時代上水、並びに下水設備が整えられていた町は世界を見渡しても多くはなく、江戸の土木工事の技術の高さと先進性がうかがい知れる。

LINE it!



川上 幸生
OTHER SNAPS