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友来る…

by 川上 幸生

私は20年前に大阪から松山へ移住してきました。


当時大阪で商業施設を造る仕事をしており、ほぼ自営業で仕事を受注し、職人さんを手配して朝から夜中まで(店舗の仕事は徹夜が当たり前でした)土日も関係なく働いていました。

たまの休みにはバイクでツーリング、若かったのあれだけやれたんだろうなと思います。大変でしたが自分自身の経験にもなったし、金銭的にはバブルの時代でもあり満足していました。

ちょうどその頃阪神淡路大震災がありました。約1年半ほどでしょうか、神戸に復興に通っていました。朝トラックに店舗を直すための材料を積んで大阪から神戸へ向かいます。震災前には2時間ぐらいで着いた道のりが半日ぐらいはかかるようになっていました。現地でトラックの荷物がなくなるまで2〜3日は仕事をして、材料が無くなると大阪に帰るという生活でした。

さすがにこれは精神的にも肉体的にも参りました。仕事がひと段落したのでバイクにテントを積んで四国一周のツーリングへ出かけ、そのまま松山に住み着きました。

松山には特に知り合いが居るわけでもなかったんですが、 何となくという感じです。

これを話すと多くの方は驚かれますが、当時は別に何とかなるだろう、松山で生活できなかったらまた大阪に戻ったらいいかもというような感じであまり深刻には考えていませんでした。

商業施設の仕事は夜も遅いので、年をとるとできなくなると考えていたので、松山では住宅の仕事を選びました。リフォームから初めて建築士の免許を取り新築住宅を建てるようになりました。そして13年ほど前に古材と出会い、9年前に古民家を初めて現在に至っています。

大阪時代によくツーリングに行っていたある友人が今度久万高原町に移住してきます。松山に移住してから1度ぐらいしか会ったこともないのですが、Facebookでやり取りをしていて、松山にも友達がいるみたいでそのうち愛媛に移住しようかと思っているとメッセージをもらいました。

久万高原町で林業の会社に入るようです。大阪ではデザインや店舗関係の仕事をしていた彼は素材に対してこだわりが強いと思っていましたが、彼自身より素材にこだわり、原点である林業を次の仕事として選んだんでしょうか。

人のことは言えませんが、大きな人生の転機を短い期間(多分メッセージをもらって1ヶ月ぐらいで住むことになったと報告をもらいました)で決断できるのは凄いですね。

男同士あまり話はしませんが、引越しが落ち着いたら一杯飲むか、また一緒に走りたいですね…私は今バイク持ってないんですが(笑

彼の新生活を応援していきたいと思います。

松山に移住してきた際に乗っていたバイク(色は黒でした)今はもう新車では手に入らないのですがもう一度乗りたいですね…手放したことを今でも後悔しています(笑



川上 幸生
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